一日の仕事が終わり、林陽一は、自分のアパートに帰ってきた。
六畳二間に小さな台所、小さな風呂とトイレという安いアパートだ。
出張から帰ってきたので、一週間ぶりである。
カーテンが代わっていた。
林が、代えたものではない。
新しい花柄のもの。
林は、自分の記憶を探ってみたが、覚えがない。
隣の部屋を見ようと襖を開けた。
そこには、見知らぬ女が寝ていた。
畳に毛布一枚で体を小さくして眠っていた。
恐る恐る顔を覗き込む。
見覚えのない女だ。
しばらく、女を見ていた。
自分のところに女がくるような理由があったかを考えていた。
ない。
女は、華奢なのであばれても、林一人でも取り押さえることは出来そうだと思い、女をゆさぶった。
女は、林の顔を見ると、飛び起きて、頭を下げた。
「すみません。鍵が開いていたもので、つい、入ってしまいました。それと、行くところがなくて、ここは、居心地が良かったもので、つい、長居をしてしまいました。ごめんなさい」
女は、一気に言うと、泣き出してしまった。
二十歳かそこらの年だろう。
化粧をして、かわいい顔をしているが、もしかしたら、十代かもしれない。
男というものは、女に泣かれると、弱ってしまう。
林は、泣き出した女に困ってしまった。
夜遅くに、泣く女の声は、となり近所にも、聞こえてしまいそうで泣くのをやめるように女にやさしく声をかけた。
本来なら、たたき出すところなのだが。
女は、毛布に顔を押し付けて、尚も、泣き続けた。
困った。
林は、人とかかわりを持つと面倒なことばかりなので、一人でいることが好きだった。
面倒に巻き込まれそうで、この女をどうしようか考えていた。
かわいそうだが、泣き止んだら、出そう。
こんなかわいい顔して、本当のことを隠しているかもしれない。
なにか魂胆があって、この部屋にいるのかもしれない。
まず、この女を落ち着かせて、泣き止ますことだ。
林は、冷蔵庫からオレンジジュースを持ってきて、女に飲むように勧めた。
女は、礼を言って、静かに、飲み始めた。
少しずつ、女の話を聞いてみると、女は、自分の記憶がないらしい。
この部屋に来る数日前にこの近くの浜辺を歩いていて、自分が誰か分からないことに気づいたらしい。
よく、テレビドラマである話だ。
林は、嘘だと感じながらも、信じているふりをしていた。
女の話を全部聞いた。
女の話の中でひとつ気になることがあった。
女は、空から落ちて来たような気がするといった。
嘘にしては、おかしすぎる。
だまそうとするなら、もっと最もらしいことを言いそうなものである。
それが、こんな子供でも、おかしいと思うようなことをいうのは、変だ。
頭が、おかしいのか?
林は、女の目を覗き込む。
真剣に話している。
嘘を言っているようには、見えない。
女は、嘘がうまいから、こんなものかもしれないとも考えていた。
林は、いますぐ追い出そうか、迷ってしまった。
林は、この女がいることで自分が被るであろう損を考えた。
お金はないし、とられるものはないし、損失になるもののようなものは、ない。
それならば、朝まで、ぐらいなら、置いてやってもいいだろうと考えた。
明日の朝、警察に連れて行けばいいことだ。
自分は、いい人間だとおもい、 少しいい気分になっていた。
女を布団で寝かせてやった。
林は、隣の部屋で、毛布一枚に包まって眠った。
自分は、いい人間だと再び思っていた。
女が何故、ここに来たのかを考えているうちに仕事の疲れでいつの間に眠りに落ちていった。
目が覚めた。
すぐに、女のことが気になり、隣の部屋を見にいった。
女はいなかった。
布団は、きちんとたたまれていた。
布団の上には、小さな紙が置かれていた。
そこには、お礼といつか恩返しに来ると書かれていた。
林は、何か物足りないような、がっかりしたような気になっていた。
そして、記憶を失ったままの女のことが心配になってきていた。
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