寒さのきびしい夜のことだった。
やさしいだけの貧しい男が、公園のベンチに背中をまるめるようにカバン一つを脇において腰掛けていた。
その日、男は、住み込みの仕事をクビになってしまい、今日の眠るところもないし、これからのことを考えると、どうしていいものやらと、途方にくれていた。
貯金もないし、友人もないし、親類もいない。
男は、不安で、不安で、いっそ、死んでしまおうかとさえ、考えていた。
しかし、いざ、包丁を自分の胸に刺しこんでいる姿を想像しただけで、怖気づいてしまっていた。
公園から外に見える繁華街には、楽しそうに行き交う人々が見えるのだが、この男には、まるで違う世界にいるように見えていた。
男が、街のきらびやかな光をぼんやりした目で見ていると、足元に小さな子猫が、
「ミャー、ミャー、ミャー」
と途切れるような小さな声で鳴きながらすり寄ってきた。
男は、お腹のへこんだ子猫の頭を柔らかくなでてやりながら、
「なんで、俺は、いつもこんなんだ。いつも、一所懸命しているのに、まわりの人たちとうまくできない。やさしくしてあげるのに、いつも、最後には、やさしくしてあげた人間に、冷たい仕打ちをうける。何が、悪いんだ。いいことをするのに、帰ってくるのは、悪いことばかり、俺の人生は、一生、こうなのかな?」
と、子猫に助けを求めるように話しかけていた。
だれでもいいから助けてほしかった。
男は、大声あげて、泣きたかった。
「俺は、臆病なんだよな。人目を気にして、泣くことも出来ない。」
男は、子猫を持ち上げて、膝の上にのせて、抱き寄せた。
子猫は、逃げることもなく、静かに男にされるがままにしている。
しばらくして、男は、猫を抱いたままベンチに横になり、足を抱え込み、冷え切っている寒空の中、静かに眠りえと落ちていった。
深夜、男は、あまりにも寒すぎて、眼を開けた。
身体のあちこちを、ぎすぎすとうなりをあげるような痛みと疲労がおそってきた。
子猫の暖かさをもう一度、味わおうと手をやるが、子猫は、いつしか、いなくなっていた。
だが、手になにやら、紙の束のような変わった感触がつたわってきた。
それを手にとり、見てみると、一万円の束だった。
銀行の帯がついたままのものである。
それが、10束、あった。
一千万円である。
男は、慌てて、お金をカバンに押し込んだ。
だれかに、見られてはいないかとまわりを見回したが、男の他には、だれも、その公園にはいなかった。
ぼんやりしていた男の眼は、大きく、見開かれ、カバンを両手で抱きかかえて、座っていた。
「なんで、ここに、お金があるんだ?」
心の声が、意識せずに声となって、口からでていた。
男は、眼をきょろきょろと動かしながら、考えていた。
ヤバイ金かもしれないと、考えた。
すぐに、この場を立ち去らなければ、持ち主が、ここに戻ってくるかもしれないと、気づくと、カバンを抱きかかえたまま、公園から走り出た。
すこしでも、遠くへとはなれようとしていた。
交番の近くなら、ヤバイ人間も近づきづらいのでないかと考え、隣の大きな駅まで、急ぎ足でゆき、明るい交番の近くで朝を迎えた。
何事もなく、朝を迎えた男は、カバンを持って、朝一番に銀行で入金した。
980万円だけ、入金して、残りの20万円を持って、田舎にかえる電車に乗った。
男は、田舎に帰っても、お金のことは、だれにもいうことはなかった。
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