池袋駅の地下通路で、柱に寄りかかり、行き交う人々を見ていた。
ふと、気づくとずっと見ていたところ、行き交う人々の足元、床に茶色の財布が落ちているのが見えた。
すぐにとりたかったが、人目があるので、様子を見ることにした。
辺りにいる人を何気なく見ている風を装ってみたが、その財布に気づいているものは、いないようだ。あまり、ゆっくりしていると、誰かに取られてしまう。
財布に近づき始めた。
緊張する。財布の前まで来たところで、平気な風をしながら、いま、初めて、気づいた風をしながら、しゃがみ財布に手をかけた。
見ていたときよりも、厚みのある、ものだった。
財布を手にし、落し物を拾った風に装いながら、交番を探している風に辺りをきょろきょろしてみた。
そして、歩き出した。
なるべく自然に見えるように歩き出した。
自分では、そうしたつもりだったが、そう見えていたのかは、わからない。
数十メートルあるいて、地上に出た。
交番には、行かず、街の人々の間にまぎれるようにしながら、財布を自分のカバンのなかにしまった。そのまま、あるき続けた。
そして、小さな公園まで、あるいた。
その公園で、ベンチに腰掛、財布の中身を確かめた。二万三千円と小銭が入っていた。カード類など一切なく、だれのものだったかの持ち主とつながるようなものもなかった。
おかねは、すべて、自分の財布に移した。
うれしかった。だが、悪いことをしたという後ろめたさが心にどす黒く残った。
財布は、捨てずに、カバンの中に入れておいた。 デザインが変わっていたので、気に入ったのだ。
このまま使うと持ち主にどこかで、きづかれかねないので、すぐに使う気には、なれなかった。まず、持ち主に会うことは、ないと分かっている。何十万分の一か何千万分の一かは、知らないが、ないだろうとは、思う。しかし、もしかしたらがある。
持ち主に、気づかれたとき、そのときのことを考えると、いやだった。
カバンの底のほうに入れた。
そのうち、忘れたころに使おうと思っていた。
そのまま、公園を出て、池袋の街にでた。
ふところが暖かいので、寿司を食おうと、いきなれた回転寿司屋をめざした。
回転寿司屋で腹いっぱい食べた。
しばらく、腹ごなしに街をぶらついていた。
いつしか、また、あの財布をひろった駅の地下街を歩いていた。 そして、拾ったところに差し掛かって、落ちていた場所を見てみると、そこには、また、財布が落ちていた。また、だれも、気づいていないようである。
私は、また、そしらぬ風をよそおいながら、財布に近づくと、また、その財布を何気なく拾い上げた。そのまま、歩き続けた。
やはり、緊張は、していた。でも、一回目よりは、落ち着いていた。慣れてきたのかもしれない。
その財布を持ち、また、一回目と同じ公園に向かった。
そこで、同じように財布の中身を調べてみた。二万三千円。一回目と同じ金額。
面白いものだ。
一日に、同じ場所で、二回も財布を拾い、しかも、中身も同じ金額と身分証明は、何一つない。まったく同じ。不思議なものであった。
こんなこともあるものなのか。変な気持ちにもなったが、うれしかった。
一日で、合計で四万六千円の利益である。ただ、歩いているだけで。 その財布も個性的なデザインなので、やはり、捨てずにカバンの底のほうに入れた。
そして、気分よく、街にでた。
まだ、腹は、いっぱいなので、今度は、服を買うことにした。よく行く店に入った。
安売りの店しかしらない。お金が、入ったとはいえ、高い服を買おうと考えることが、なかった。
そういう、発想には、ならないらしい。
高い店の敷居は高い。やはり、行きなれた庶民の店である。
シンプルなデザインのシンプルな色のものを選んで、買った。派手なものを、着る勇気がないのだろう。
店を出ると、なぜか、帰りたくなってきた。満足したからかもしれない。
駅へと向かった。
あの地下通路を通った。帰り道となる地下通路。
やはり、財布の落ちていたところが、気になった。なんの根拠もないのだが、また、落ちているのかもしれないと思っていた。
行ってみると、また、あった。
おかしい。
三度も、続くはずがない。なにか、悪いことにはめられたのかもしれないと思い始めていた。心臓が、変な動きをしているような気がしていた。
財布の中身が同じ二万三千円だったら、確実にはめられている。 確認しなければ、ならない。
私は、駆け寄るようにその財布に近づき、財布の中身を見た。やはり、二万三千円。まったく同じ。
私は、嵌められている。確信した。
だれかが、ここで、私がこうしているのを見ている。私を監視していることになる。
私は、辺りのどこかにいるであろう監視のものと目が合うのが怖くて、財布から視線をはずすことができずに、財布に視線をむけたままの状態で固まったように、していた。考えていた。この状況をどうクリアしていくか。
決まった。
いきなり、走り出した。全速力で走った。人にぶつかりながらも、走った。
駅の外に出て、街に紛れ込もうと。
私は、他のことは何も考えられなかった。
誰かが、私は、追いかけている、それから、のがれなければならない。
走りに走った。
駅を出てからも、走ることをやめずに、走り続けた。路地から路地へと街をぬうように走り続けた。
すぐ、後ろに恐ろしい者が居るような気がして、後ろを見ることはしなかった。
どのくらい、走り続けたのか。苦しくて、苦しくて、身体中がジンジンと変な感覚がしてきたところで、走ることをやめた。もう、足が動かない。
後ろを振り返ってみた。それらしい人は、いなかった。
それからは、ゆっくりと駅からなお遠ざかるように、歩いた。
自動販売機で、スポーツドリンクを買い、飲みながら、歩き続けた。
池袋駅から、三つ目ぐらいの駅で電車に乗った。
早く、自分の家に帰りたかった
やっと、アパートにたどり着いた。
散らかり放題の部屋の中の、万年床の上に大の字に身体を伸ばして、横たわった。すごく疲れていた。
すぐに、深い眠りに入っていった。
目が覚めたのは、窓から入ってくる光が、まだ、薄暗い、朝方のことだった。最初に、頭の中に浮かんできたことは、昨夜の財布のことだった。
すぐに、カバンの中にまだ財布がはいったままであることを思い出した。
処分しようと考えて、カバンを開けてみたが、
中に財布が見当たらない。底のほうにいれたとはいえ、それほど大きなカバンでない。すぐに見つかるはずだがない。二つ入れたはずの財布が、二つともない。
なにか嫌な気分になってきた。あるはずのものがないということは、なにかが起きたということ。
アパートにたどり着くまで、自分の身から離していないカバンの中にないということは、盗まれているわけではない。落とすことも考えられない。カバンの底に入れていた財布だけが、それも、二つとも、落とすことはありえない。
他のものは、何ひとつ、なくなっていない。
残るは、私が、寝ている間に、誰かがこの部屋に入ってきて、盗ったか。
財布が、なぜだかは、わからないが消えたということだけである。
どちらにしろ、気味悪い。
飛びはねるように、動いた。入り口のドアの鍵を確認した。鍵は掛かっている。チェーンも掛かっている。
起こりえる残ったことは、カバンから二つの財布が消えたということになった。
このことをどう理解していいのかわからなかった。
もしやと思い、自分の財布に入れた四万六千円の使った残りのお金を確かめた。やはり、ない。いつもの、自分のさびしい財布の中身だけである。
なにか呆けたように、座り込んでしまった。体中から力が、抜けたようになった。拾ったお金がなくなったからではない。
昨日のこと、財布を拾ったことが夢であったのではないかと思い始めていた。
携帯の日付を見てみた。昨日となる日付が今日となっていた。
しかし、夢ではないような気もしていた。
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