2008年6月14日土曜日

70 めっけもの

 池袋駅の地下通路で、柱に寄りかかり、行き交う人々を見ていた。
 ふと、気づくとずっと見ていたところ、行き交う人々の足元、床に茶色の財布が落ちているのが見えた。
 すぐにとりたかったが、人目があるので、様子を見ることにした。
 辺りにいる人を何気なく見ている風を装ってみたが、その財布に気づいているものは、いないようだ。あまり、ゆっくりしていると、誰かに取られてしまう。
 財布に近づき始めた。
 緊張する。財布の前まで来たところで、平気な風をしながら、いま、初めて、気づいた風をしながら、しゃがみ財布に手をかけた。
見ていたときよりも、厚みのある、ものだった。
 財布を手にし、落し物を拾った風に装いながら、交番を探している風に辺りをきょろきょろしてみた。
 そして、歩き出した。
なるべく自然に見えるように歩き出した。
 自分では、そうしたつもりだったが、そう見えていたのかは、わからない。 
数十メートルあるいて、地上に出た。
 交番には、行かず、街の人々の間にまぎれるようにしながら、財布を自分のカバンのなかにしまった。そのまま、あるき続けた。
 そして、小さな公園まで、あるいた。
その公園で、ベンチに腰掛、財布の中身を確かめた。二万三千円と小銭が入っていた。カード類など一切なく、だれのものだったかの持ち主とつながるようなものもなかった。
 おかねは、すべて、自分の財布に移した。 
うれしかった。だが、悪いことをしたという後ろめたさが心にどす黒く残った。
 財布は、捨てずに、カバンの中に入れておいた。 デザインが変わっていたので、気に入ったのだ。
このまま使うと持ち主にどこかで、きづかれかねないので、すぐに使う気には、なれなかった。まず、持ち主に会うことは、ないと分かっている。何十万分の一か何千万分の一かは、知らないが、ないだろうとは、思う。しかし、もしかしたらがある。
 持ち主に、気づかれたとき、そのときのことを考えると、いやだった。
 カバンの底のほうに入れた。
 そのうち、忘れたころに使おうと思っていた。
 そのまま、公園を出て、池袋の街にでた。
 ふところが暖かいので、寿司を食おうと、いきなれた回転寿司屋をめざした。

 回転寿司屋で腹いっぱい食べた。
 しばらく、腹ごなしに街をぶらついていた。
 いつしか、また、あの財布をひろった駅の地下街を歩いていた。 そして、拾ったところに差し掛かって、落ちていた場所を見てみると、そこには、また、財布が落ちていた。また、だれも、気づいていないようである。
 私は、また、そしらぬ風をよそおいながら、財布に近づくと、また、その財布を何気なく拾い上げた。そのまま、歩き続けた。
 やはり、緊張は、していた。でも、一回目よりは、落ち着いていた。慣れてきたのかもしれない。
 その財布を持ち、また、一回目と同じ公園に向かった。
 そこで、同じように財布の中身を調べてみた。二万三千円。一回目と同じ金額。
 面白いものだ。
 一日に、同じ場所で、二回も財布を拾い、しかも、中身も同じ金額と身分証明は、何一つない。まったく同じ。不思議なものであった。
 こんなこともあるものなのか。変な気持ちにもなったが、うれしかった。
一日で、合計で四万六千円の利益である。ただ、歩いているだけで。 その財布も個性的なデザインなので、やはり、捨てずにカバンの底のほうに入れた。
 そして、気分よく、街にでた。
 まだ、腹は、いっぱいなので、今度は、服を買うことにした。よく行く店に入った。
 安売りの店しかしらない。お金が、入ったとはいえ、高い服を買おうと考えることが、なかった。
 そういう、発想には、ならないらしい。
 高い店の敷居は高い。やはり、行きなれた庶民の店である。
 シンプルなデザインのシンプルな色のものを選んで、買った。派手なものを、着る勇気がないのだろう。
 店を出ると、なぜか、帰りたくなってきた。満足したからかもしれない。
 駅へと向かった。
 あの地下通路を通った。帰り道となる地下通路。
 やはり、財布の落ちていたところが、気になった。なんの根拠もないのだが、また、落ちているのかもしれないと思っていた。
 行ってみると、また、あった。
 おかしい。
 三度も、続くはずがない。なにか、悪いことにはめられたのかもしれないと思い始めていた。心臓が、変な動きをしているような気がしていた。
 財布の中身が同じ二万三千円だったら、確実にはめられている。 確認しなければ、ならない。
 私は、駆け寄るようにその財布に近づき、財布の中身を見た。やはり、二万三千円。まったく同じ。
 私は、嵌められている。確信した。
 だれかが、ここで、私がこうしているのを見ている。私を監視していることになる。
 私は、辺りのどこかにいるであろう監視のものと目が合うのが怖くて、財布から視線をはずすことができずに、財布に視線をむけたままの状態で固まったように、していた。考えていた。この状況をどうクリアしていくか。
 決まった。
 いきなり、走り出した。全速力で走った。人にぶつかりながらも、走った。
 駅の外に出て、街に紛れ込もうと。
 私は、他のことは何も考えられなかった。
 誰かが、私は、追いかけている、それから、のがれなければならない。
 走りに走った。
 駅を出てからも、走ることをやめずに、走り続けた。路地から路地へと街をぬうように走り続けた。
 すぐ、後ろに恐ろしい者が居るような気がして、後ろを見ることはしなかった。
 どのくらい、走り続けたのか。苦しくて、苦しくて、身体中がジンジンと変な感覚がしてきたところで、走ることをやめた。もう、足が動かない。
 後ろを振り返ってみた。それらしい人は、いなかった。
 それからは、ゆっくりと駅からなお遠ざかるように、歩いた。
 自動販売機で、スポーツドリンクを買い、飲みながら、歩き続けた。
 池袋駅から、三つ目ぐらいの駅で電車に乗った。
早く、自分の家に帰りたかった

 やっと、アパートにたどり着いた。
 散らかり放題の部屋の中の、万年床の上に大の字に身体を伸ばして、横たわった。すごく疲れていた。
 すぐに、深い眠りに入っていった。
 目が覚めたのは、窓から入ってくる光が、まだ、薄暗い、朝方のことだった。最初に、頭の中に浮かんできたことは、昨夜の財布のことだった。
 すぐに、カバンの中にまだ財布がはいったままであることを思い出した。
 処分しようと考えて、カバンを開けてみたが、
中に財布が見当たらない。底のほうにいれたとはいえ、それほど大きなカバンでない。すぐに見つかるはずだがない。二つ入れたはずの財布が、二つともない。
 なにか嫌な気分になってきた。あるはずのものがないということは、なにかが起きたということ。
 アパートにたどり着くまで、自分の身から離していないカバンの中にないということは、盗まれているわけではない。落とすことも考えられない。カバンの底に入れていた財布だけが、それも、二つとも、落とすことはありえない。
 他のものは、何ひとつ、なくなっていない。
 残るは、私が、寝ている間に、誰かがこの部屋に入ってきて、盗ったか。
 財布が、なぜだかは、わからないが消えたということだけである。
どちらにしろ、気味悪い。
 飛びはねるように、動いた。入り口のドアの鍵を確認した。鍵は掛かっている。チェーンも掛かっている。
 起こりえる残ったことは、カバンから二つの財布が消えたということになった。
 このことをどう理解していいのかわからなかった。
 もしやと思い、自分の財布に入れた四万六千円の使った残りのお金を確かめた。やはり、ない。いつもの、自分のさびしい財布の中身だけである。
 なにか呆けたように、座り込んでしまった。体中から力が、抜けたようになった。拾ったお金がなくなったからではない。
 昨日のこと、財布を拾ったことが夢であったのではないかと思い始めていた。
 携帯の日付を見てみた。昨日となる日付が今日となっていた。
 しかし、夢ではないような気もしていた。

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