2008年4月16日水曜日

61 男の秘密の仕事

女は仕事が終わり、家路に向かう路地をとぼとぼと歩いていた。
生活に疲れていた女は、ほとんど顔をあげることをせず、うつむいたままに足を無理やりに前に動かしていた。
何をしてもいいことがない毎日にほとほと、嫌になっていた。
毎日を忌み嫌って生きていた、そんな女の目の前に、財布が落ちていた。
厚みのある黒い皮の財布。
女の心は、弾んだ。
すぐには、手を出さずに、周りの人の目を気にしながら、だれも見ていないことを確認したところで、かがんで財布に手を伸ばした。
財布に手が、触れた瞬間に、その女は、猫になってしまった。
猫は、以前のことの記憶は、なにもない。
前から、記憶は、猫だった。
その後、その女は、行方不明者として、警察のリストにのることになった。
だれも、女が猫になっていると考えているものは、いない。
その財布は、あちこちに現れ、人々を別のものへと変えている。
犬になったものもいるし、路傍の小石になったものもいる。
触れるものを他のものへと変えてしまうその財布の持ち主は、初老の男である。
その男の正体を知っているのは、その男の家族だけである。
その男の家族は、代々、人を他のものへと変えることを仕事としている。
受け継ぐのは、長男ひとりと決められている。
その他の家族は、家を出るときに、記憶が消されている。
その男は、その仕事をやめることは、できない。
やめるときは、本人が、無限の地獄をさまよい続けることになるからである。
なぜ、こんな仕事があるのか、男本人も理解は、できてない。
それでも、男は、仕事をやりつづけている。

0 件のコメント: